私たちの奉仕活動

2007年6月
モンゴル奨学金プロジェクトスタート。
モンゴル奨学金プロジェクト

大阪中央ロータリークラブでは、2007〜2008年度から
「モンゴル奨学金プロジェクト」をスタートさせました。

モンゴル奨学金プロジェクト 【 経 緯 】
地区世界社会奉仕(WCS)委員会(植村宏一郎委員長・大阪平野RC)において、2660地区内クラブに対し「モンゴル・バヤンツーク100ロータリークラブ」を通じて「貯水タンクの建設設置プロジェクト」を提案(US$7,600=912,000円)。1991年以降の異常気象のため、遊牧民族が首都・ウランバートルに集中。周辺にゲル集落が急増したが、インフラが整備されず、衛生的で十分な生活水を供給するため(04〜05現地視察旅行)。

モンゴル奨学金プロジェクト 一方、ウランバートルに出てきた遊牧民の多数の子女たちを中心に、高等教育を受ける力がありながら経済的理由で勉学をあきらめる若者に対し、奨学金を提供することの検討を始めた。

2006年9月14日「バヤンツーク100RC」をホームクラブとするオユン女史がプロジェクト調査発掘視察旅行に来日、水プロジェクトのプレゼンテーションなどの際、当クラブWCS委員が面識を得、このたびのプロジェクトを提案、立ち上げることとした。
モンゴル奨学金プロジェクト
【 その後の取り組み 】
2007年6月、当RC13名で「モンゴル観光交流促進シンポジウム」の参加を兼ね、モンゴルを訪問。ゾーリック財団(ZORIG FOUNDATION) にオユンさんを訪ね、プロジェクトの確認、内容の打ち合わせ等を行った。
07年9月29日〜10月3日、飯田会長以下7名が再度訪問し、調印式を行うとともに、選ばれた5名の奨学生と面会し、奨学金を贈呈した。

【 内 容 】
「ゾーリック財団」を窓口とし、「モンゴル・バヤンツーク100RC」と協力、「台北園山RC」との共同プロジェクト。2007〜2008年の1年間試行。 現地新聞による公募に対し、約700名が応募。書類選考の後、350名に面接。
5名が合格(20〜22才の男子3名、女子2名)。
▼選抜基準
(1)成績優秀なこと
(2)経済的困窮度の高いこと
(3)勉学に熱心なこと
奨学金は、US$3,000(US$600× 5名)。
1年間の大学の学費とそれぞれに義務付けられたボランティア活動資金に充当。学費は本人に渡すのではなく、直接財団から大学に納付。
前・後期に分けて納付するので、努力をしなければ「途中打ち切り」もありうる。ボランティア活動については、あらかじめ財団からのさまざまな指導やサジェスチョンの下に行い、きわめて細かい報告書の提出が義務付けられている。

-- 参 考 --
オユン女史:Dr.San jaasureng OYUN について
1964年、モンゴル・ウランバートル生まれ
1987年、カリオバ大学(チェコ・プラハ)地質化学・鉱物学部卒業
1996年、ケンブリッジ大学で地質学のPh.Dを取得。
モンゴル「バヤンツーク(Bayanzurkh)100RC」所属。
モンゴルの民主化運動のリーダーとして活躍され、不幸にも暗殺された政治家、兄のゾーリック氏の遺志を継承され、ゾーリック財団を主宰。
1998年からモンゴル国会議員 STATE GREAT HURAL(PARLIAMENT) OF MONGOLIA。現在、「市民の意見党」党首としても活躍。
モンゴル語のほか、ロシア語、チェコ語、英語を話す。

モンゴルの現状について ―― オユン女史の話の要約
(1921年世界で2番目の社会主義国家、東欧の社会主義崩壊に伴い)1990年代初に資本主義に移行したが、国家財政は約15年間赤字状態、その後の経済成長でやつと収支バランスの状態になってきた。国家収入のメインは、地下資源と観光で、最近、金、石炭の資源が新たに見つかったのが明るい材料である。

ウランバートルの人口流入問題は深刻で、住民の45%はアパート住まいだが、あとはゲル(天幕)居住。電気、水などのインフラが追いつかない。失業率も公式的には4〜5%といっているが、実際には20%ぐらいだろう。

モンゴルでは、一般的に女性が高学歴で、大学生の65%、財団の奨学生も75%が女性。基本的に男性は父親の牧畜・農業などの家業を継ぐ傾向のようで、医者・先生・裁判官の70〜80%も女性。(ちなみに、横綱・朝青龍夫人のタミルさんも米国留学経験者であり、白鵬の父上はモンゴル相撲横綱だが母上は医者である。)